昭和30年代新町民生活運動協議会として発足し、生活改善運動を
推進する団体として町の補助を受けて組織されました。
その後、昭和50年代に名称を「すばらしい歌津をつくる協議会」に
変更しました。
構成メンバーは各地区の自治会長、行政区長、産業団体代表や各種
団体長、学校長、総合支所長で構成されています。
つまり、歌津地区の責任者が一堂に会する大きな組織です。
今回は、沿岸部で誰もが心配している「自分の住む場所」について
高台移転を全国に先駆けて取り組んでいる小泉地区の事例を発表
してもらいました。
北海道の津波や、中越地震の際も山古志村で適用された
「防災集団移転促進事業法」
この法律の活用を巡って、家を流された方々がいろいろな問題に
悩んでいます。
小泉地区では、震災から2週間後にはこの法律を活用した話し合い
がスタートしているため、住民の意見がまとまりやすかったとのこと。
町の壁や屋根の色の統一を検討していたり、早ければ4月から工事
が着工するかもしれません。
北海道奥尻沖の地震でこの法律を活用するために助言していた
北海道大学の先生や、実際に移転を進めた設計会社がサポートに
入ってくれているため、実際に経験した方々の意見があると
とても議論は進みます。
通常は、ある程度落ち着いてから話し合うので最初のころには、
もう二度と海沿いには住みたくないと言っていた方々も
やはり生れた時から目の前にある「海」によって生計を立ててきた
ためもう一度元の場所に住みたいという意見が出始まっています。
1ヶ所ではなくやはり元々住んでいた場所に少しでも近い場所へ移り
たいため移転候補地は、ばらばらになってしまいます。
ばらばらになれば、造成地を作るコストが上がってしまうため、
その造成地を買うための地価が高くなります。
また、自力で立てたくても建てられない方は、この法律を活用した
移転を余儀なくされており、地震保険に入られていた方は最小限の
支払いで立てらるため大変重要な話し合いになります。
歌津の中でも、伊里前地区では震災の3日後には、高台移転を町に
持ちかけているため手を挙げた順番では一番早いので注目を集めて
いますが、やはり実際にこの法律を活用した学識経験者や設計会社の
協力がある小泉地区には話し合いを進めるスピードが早いのかもしれません。
とても勉強になる講演会でした。
震災では「防災集団移転促進事業法」は、とても重要な法律のため
今後も継続して勉強し、様々なケーススタディを経験していきます。
新年度の最初の会という事で、皆様の交流会もありました。
避難所時代から顔見知りの方々と久々にお会いできてとても嬉しく思います。
今後、宮城復興支援センターに出来ることを
どんどん提案していきたいと思います。
担当: 船田 究
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